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書店TORCHのブック・エッセイ #01 『さみしい夜にはペンを持て』

 伊豆半島の最南端、南伊豆町の下賀茂商店街に本屋をオープンして、3ヶ月が経った。開店当初から今日(6月頭)に至るまで、いまだに看板も取り付けられていないし、広告も宣伝も打っていない。店のどこを見渡しても「本屋」だとは書いていない。自分で言うのもなんだけれど、ずいぶんあやしい店だと思う。

 それでもSNSを見てくれたり、噂を聞きつけたりして足を運んでくれたかたがたがいる。また、何の前情報もなく、ただ近所の役場とかマックスバリュに行こうとしたら、急に見慣れない店が出現したことに驚いて、ドアを開けてくれたかたがたもいる。とんでもない勇気だと思う。本当にありがとうございます。

「本、読むの苦手なんだけど、そんな私におすすめありますか」

 初めてご来店されたかたに、こう聞かれることがしばしばある。表に本屋だと書いていないからうっかり来てくれたのかもしれないし、とはいえ本が苦手なのに入ってきてくれたかたには本当に感謝しかない。これは店によるので、世の中の本屋がみんなそうだとは言わないけれど、少なくとも自分の本屋は本好きの人以外も入れる店でありたいと、常々思っている。

 本を読むのが苦手なのに、なぜ本が並んだこの店のドアを開けてくれたのだろうと考える。これは勝手な妄想でしかないのだけれど、中には単純な好奇心のほかに、何か開きたいドアが自分の中にある人もいるのではないだろうか、と思ったりもする。

 「読む」行為は、何かに至る過程だ。読むことで、全てを忘れて没頭したい。読むことで、心を守りたい。読むことで、何かを掴みたい。「読む」ことが好きじゃなくても、何かその先に得たいものがあるから、店のドアを開けてくれたのではないかと想像する。

 もしかしたら、その先に得たい何かがあって、でもどう掴めばいいのかわからなくて。そんなひとがいるとしたら、まずはおすすめしたい本がある。

『さみしい夜にはペンを持て』著:古賀史健、絵:ならの(ポプラ社)

 主人公は、中学生のタコジロー。人前に立つと緊張し、ゆでダコのように真っ赤になってしまう。勉強も運動もいまひとつ、おしゃべりもうまくできない。クラスメイトや先生にまでひどくからかわれ、「どうしてタコなんかに生まれてきちゃったんだろう」とまで思いつめてしまう。

 毎日が苦しくて、ある日、学校に向かうバスを途中で降りてしまう。そんなときに出会った「ヤドカリのおじさん」が、永遠のようなひとりの夜のすごしかたを教えてくれる。それは、「日記を書くこと」だった。

 本書は青春小説であり、自分と向き合うための寓話であり、「書く」ための入門書であり、つらい夜を過ごしているひとに寄り添う本でもある。タコジローは、十日間ばかりの短い時間のなかで、自分の心に向き合い、考えを整理し、それらを書き記す方法を、ヤドカリのおじさんに教わりながら見つけていく。

 やわらかなイラストを交えて綴られるふたりの会話は軽やかで読みやすく、中学生からも楽しめる言葉で語られる。まるでやさしく手を取り導くように、一歩ずつ、丁寧に「考えること」「書くこと」を紐解き、歩むべき順番に並べてくれる。

 この本を読んだからといって、人生の諸問題が魔法のように解決するというわけではない。ひとそれぞれに、どうにもならないこと、理不尽なことや、孤独はある。そのことを本書ははぐらかしもせずに提示する。けれど、ままならない毎日を、暗く、あたりが見えなくなる時間を、どう解きほぐし、向き合っていくか、その思考するヒントとしての日記の書き方を、この本は示してくれる。

 永遠に続くような夜を過ごしていた中学生の自分に、この本を渡すことができたならと思う。その孤独は、ままならなさは、こうやって記していくことができると。それは自分だけの感情で、いずれ自分だけの表現となる。

 自分のなかに、開きたいドアがあるひとに、この本がぜひ届いてほしいと思う。

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