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「映画の舞台になった場所は、リアルな場所でも大事にしたい」。南伊豆がロケ地となった映画『いなくなれ、群青』公開記念。柳明菜監督にインタビュー【後編】

南伊豆がロケ地となった映画『いなくなれ、群青』公開記念。

前編では、柳監督に本作の見所をインタビュー。
後編は柳監督の経歴や、映画を作る上で大切にしていることを伺った。

■自分が見えていた世界を、映画なら実現できる

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-柳監督が映画監督を志したきっかけって何だったんですか?

柳監督:「映画監督ではなかったけれど、映画の世界で生きていこうと決めたのは、小学校4年生の時に*『レックス』って映画を観た時です」

*「REX(レックス)恐竜物語」は1993年に公開した恐竜と少女が出会う物語。安達祐実さん主演

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柳監督:「その頃の私はちょうど現実と空想の狭間に葛藤する年頃だったので、映画に救われていました。宮崎アニメとかディズニー、ネバーエンディングストーリー、バックトゥーザフューチャーとか。ファンタジーが好きで。でも、映画を観ている間は物語の中に行けるのに、観終わったら現実は変わってない。それが寂しくもあったんです」

-レックスのどんなところに惹かれたんですか?

柳監督:「レックスは私と同年代の黒髪の女子が恐竜と喋っていて、映画の中と自分が近く感じたんです。それまではどうやっても外国やアニメの中のお話で、自分には遠い場所だったので」

-映画の中と自分が近く感じたってどういうことですか?

柳監督:「なんていうか。私が幼少期に見えていた世界と似ていたというか」

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-幼少期に見えていた世界?

柳監督:「私は幼稚園の頃からペガサスとかファンタジックなものが好きだったので、恐竜レックスと女の子が交流する姿が自分とすごく近く感じたんです」

-幼少期に描いていたファンタジックな世界を、映画なら実現できると

柳監督:「そうです。幼稚園の時期って公園の砂場で遊んでると、そこが自分の世界になったり。なんていうんだろう・・・日常とは違う、自分が思った設定がそのままリアルな世界に反映されていた時代。そういう誰しも子供の時に持っている能力を小学校に上がるタイミングで失った感覚があったんです。でも、映画なら実現できるかもって」

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■肩書きに自分がついていけなかった

-それから実際に映像を撮影するようになったのはいつからなんですか?

柳監督:「漠然と映画の世界に入りたいとは思っていたけど、高校までは具体的に何もしていませんでした。転機は高校生の時にアメリカに留学した時です。アメリカの授業は選択制だったので、写真とか映像の授業があって、真っ先にそれを選択しました。そこでショートフィルムを作る課題が出されたんです。私は初めての留学だったので、記録用として持っていたハンディカムで撮って作品を提出したら、その州で選抜されて。そうそう、それで大きな映画館で上映されたんですよ。新聞に載ったりして」

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留学中だったし、戸惑いました

-・・・一気に動き出しますね

柳監督:「そこで作る楽しみは知りました。日本に戻ってからは映像系の美大に行きたいと考えていたんです。そしたら親に止められて。アートの世界は狭き門だし、保険として多分野のことを学んでいた方がいい。まずは普通の大学に行きなさいって。それで忘れもしない。私がテスト勉強してたら、お父さんが「明菜ー!」って叫んで。何かと思ったら、TVのオーディション番組で女流カメラマンの募集が出ていたんです。『これに応募して、第一次審査が受かったら美大、落ちたら普通の大学に行くってのはどうだ?』って提案を受けました」

応募したら結果はなんと優勝。でも、そこからが結構大変だったそう。

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柳監督:「今日からあなたはカメラマンですってなった時に、そのギャップに苦しんで。実力も持ってないし、自信も実績もない。『私、無理だ!』って。肩書きに自分がついていけなかった。それを見かねたお母さんが、優しく『ねぇ、普通の大学にいこ』って(笑)。それで偶然お姉ちゃんが『面白そうな大学があるから行ってみたら』とSFCを紹介してくれたんです」。

柳監督は美大受験をやめて、慶應義塾大学SFCコースに合格。入学後は女優のオーディションに挑戦したり、縁あって長編映画のカメラマンをしていたそう。柳監督曰く、その時期は何もうまくいかず、映画の世界は諦めて真面目に大学に通おう、人生考え直そうと思い始めていたと。気づけば大学3年生だった。

■引き戻される、自分の原点

-じゃあその頃はメンタルボロボロだったんですね

柳監督:「はい、挫折続きでした(笑)。それで大学3年生の時に、シラバスをポンと開けたら、『世界を変えよう』という井上英之さんの授業が目に留まりました。タイトルはそれだけで、細かいことは書かれてない」

-僕ならあやしいと思っちゃいます(笑)

-僕ならあやしいと思っちゃいます(笑)

柳監督:「私はその言葉の意味を素直に解釈できたの。つまり世界を変えようっていうのは、自分が変われば、自分の周りの環境って変わるってことだと。その頃の私は、うまくいかないことは、全部周りのせいにしていました。井上先生がよく言ってることが『社会を変えるっていうのは、大きなゴールではあるけれど、社会を変える前にまず自分を変える。社会に影響を与えるのは自分の根元からくるものでしかない』と」

-具体的にどんな授業があったんですか?

柳監督:「授業自体は社会起業家の研究であり、実践。でも最初にやらされたことって幼少期に好きだったことを書かされたり、幼少期のプロセスの中で、なぜこの分野に問題意識を持ったかとか書かされるんですよ。それで、私が書くと映画とか映像しか出てこなくて。映像を止めようとしている自分がいるのに、毎回そこに振り戻されたんです」

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-自分の核みたいなところに戻っていくんですね

柳監督:「そうなんです。それで3年生の最後に八丈島にゼミ合宿に行きました。そこで『あなたの八丈島の変え方を教えてください』という課題が出されました。

■映画の中で生まれた何かが、リアルの場にも生まれる

-あなたの八丈島の変え方って、どういうことですか?

柳監督:「例えばこんなアプローチをしたら八丈島にお客さんが増えますよってことじゃなくて、自分ができることと、八丈島を重ねて考える。それで自分なりに八丈島のことを調べてみると、もともとロケ地だけど暗い映画が多かったり、素晴らしい景色はあるのにコーディネーターがいなかったり。自分の中で問題意識が湧いてきて

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柳監督:「それで大学の最終発表で『私は映画で世界を変えます』と宣言しました。その映画では、『クロスオーバーフィクション』で撮影に臨みました」

-クロスオーバーフィクション?

柳監督:「クロスオーバーフィクションは、映画を観て終わりじゃなくて、映画の中で生まれた何かがリアルの場にもある。映画の中の世界観を、現実に落とす表現です」

-八丈島の映画は、どんなクロスオーバーフィクションになったんですか?

柳監督:「八丈島の人たちが自分たちのためのお祭りを作るという展開があるんですが、現実の八丈島でもそのお祭りをやりました」

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柳監督:「今年で12年目です」

柳監督:「今年で12年目です」

柳監督:「脚本を書くために地元の人たちにヒアリングをしたんです。そしたら八丈島はお祭りや織物とか、文化がとても豊かな島だったけど、観光客が増えるにつれてお土産品や観光業にシフトしていったという話を聞きました。でも、観光客が減少していった時にこれまでの文化が損なわれていった。それを聞いた時に映画『今日という日が最後なら、』という脚本を立ち上げたんです」

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実際の八丈島の祭りの様子(2017年)

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フィナーレの様子。たくさんの人が集まっている

-もう完全に地元のお祭りになっているんですね(笑)。

柳監督:「2回目からは地元の方が中心になって続けてくださっているという感じです。私も毎年手伝いにいくのですが、私は実質何もしてないですね。(笑)あと八丈島にフィルムコミッション(ロケーション撮影を支援する非営利公的機関)も立ち上げました

-なんか、映画を撮って終わりじゃないんですね。

柳監督:「そうそう。『いなくなれ、群青』でどこまでできるかはわからないけど、私がやりたいことの一つがクロスオーバーフィクションで映画を作ることなんです」

■映画の舞台になっていた場所は、リアルな場所でも大事にしたい

-昨年、柳監督は映画を撮り終えてからも子浦のお祭りに顔を出してくれましたよね。偶然ですが、あのお祭りは2018年から始まって、空き家を開けて商店街のようにするものでした。

-ちょっと映画の風景と重なったんですよね

-規模は小さいですが、映画の風景と重なったんですよね

柳監督:「偶然ですが面白かったですね。もし子浦の商店街を復活させるようなプロジェクトを個人レベルでいいのでやれたら面白いなって思います」

-今年も11月にお祭りがあるので、また来てください。

柳監督:「もちろんです。そういう意味でいうと、映画のロケ地である場所と一生付き合うってのは自分の中で一つ決めています」

-おぉ。それは、何でですか?

柳監督:「映画の舞台になった場所は、リアルな場所でも大事にしたくて。例えばこの映画を観た後に、階段島に思いを馳せたくても馳せられないのは寂しい」

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柳監督:「私が小学校の時にレックスの映画を見た時に、『この映画の世界に逃げ込みたい』って思ったのと同じで、映画の空気感に入れることをすごく大事にしたい。映画を観て、自分の心が感化されたけど、ただ現実が待っているのは寂しいなと。ロケ地で面白いことがやれたらいいなってことは、いつも思っています」

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-映画を観た後に、階段島の世界を感じたい場合、オススメの過ごし方はありますか?

柳監督:「『いなくなれ、群青』のロケ地に出てくるところは、自分と向き合いたい時とか、友達と対話を深くしたい時にオススメです。子浦の海を見たり、路地を歩きながら内的な静かな会話を繰り広げてください。「最近どう?」とかでもいいと思います。今感じていることを文字に書いてみるとか、アート活動をするとか表現活動をしてみるとか内なるインスピレーションが湧く場所だと思います」

-より映画の世界観を楽しめる機会になりました。柳監督、ありがとうございました!

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柳明菜/1983年9月19日生まれ、愛知県出身。 2001年 アメリカの高校に留学、高校在学中にバッカイフィルムフェスティバルのオハイオ州優秀賞を受賞。慶応義塾大学在学中の2005年、映画『有限会社ひきもどし』(畑泰介監督の)の撮影を担当。07年、卒業発表作品の映画『今日という日が最後なら、』企画・脚本・監督・編集を手掛ける。

カメラマン 木下昂一さん

<公開情報>
『いなくなれ、群青』
9月6日(金)全国ロードショー
原作:河野裕『いなくなれ、群青』(新潮文庫 nex)
出演:横浜流星、飯豊まりえ、矢作穂香、松岡広大、松本妃代、中村里帆、伊藤ゆみ、片山萌美、君沢ユウキ、岩井拳士朗、黒羽麻璃央
監督:柳明菜
脚本:高野水登
音楽:神前暁
主題歌:Salyu「僕らの出会った場所」
主題歌プロデューサー:小林武史
配給:KADOKAWA/エイベックス・ピクチャーズ
(c)河野裕/新潮社 (c)2019 映画「いなくなれ、群青」製作委員会
公式サイト:inakunare-gunjo.com

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