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歴史研究者と区長がタッグ! 子浦に活気をつくりたい。11月2、3日は「子浦風待ち縁の日」

南伊豆町子浦地区で、地元の人とよそ(地元住民以外)の人がつくったお祭りが初めて行われる。

その名も、『風待ち縁の日』

初めてこのお話を聞いた時、これって大変なことだと思った。

地元の人からしたら、受け入れる準備って簡単なことではないはず。

一方、提案する側(よその人)だって、「どうしてそのお祭りをやりたいのか」、誠実さや熱量も問われる気がする。

だから、個人的に、このお祭りが開催されるまでの経緯がすごく気になった。



まずは簡単に子浦の説明を。

伊豆急下田駅から車で40分で子浦に到着する。

江戸時代、そこは「風待ち港」と呼ばれていた。

風待ち港とは、風(嵐)を待つ港町のこと。

1804年に描かれたと言われる子浦集落の絵。湾になっているため波がなく、静かな海として知られている。嵐が起きたとき、船が入りやすい港だった

1804年に描かれたと言われる子浦集落の絵。湾になっているため波がなく、静かな海として知られている。嵐が起きたとき、船が入りやすい港だった

その中に、なんと14代将軍徳川家茂もいた。

家茂公は1864年、長州征伐のため大阪へ。

その帰りに嵐に遭遇。子浦で嵐がおさまるのを待ったと言われている。

今から約150年前、ここに家茂公の船が停泊した。

そう思うと・・・景色がちょっと違って見える

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子浦は路地を一歩入ると、細い小道と階段が迷路のように続く。

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ただ、ここは空き家も多い。
以前は海水浴客で賑わっていたが、徐々に減少。
地元の若者も離れていった。

高台にある旧三浜小学校。2014年に閉校している

高台にある旧三浜小学校。2014年に閉校している

今回、風待ち縁の日では路地の空き家と民家をイベントスペースに変身させる。

<当日のイベント(一部)>
〇静岡市の老舗天ぷら屋「天文」による天ぷら
〇手芸家秋園圭一さんによる手芸作品の解説
〇裂き織り部の展示販売と無料体験
〇チェコフィル元コントラバス奏者のジリー・ローハンによる演奏と緑茶のサービス。
〇ジオガイドによる子浦町歩き

民家がお店に変わり、地域の人とよその人が交わる日になりそうだ。

発起人となったNPO法人伊豆学研究会の橋本敬之さんと、西子浦区長の杉原伊三郎さんに開催までの経緯を伺った。

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子浦の素晴らしさを、もっと多くの人に見てもらいたい

最初は、“よその人”を代表して、橋本さんにお話を伺った。

「私は伊豆の国市を拠点に江戸時代の歴史の研究者をしています。その活動を通じて、知人からここを紹介されました。幕末で生糸貿易で活躍した池津珍蔵の家があると。実際にそこを訪れた際、持ち主の方から「この場所をどうやったら残せるだろうか」と相談を受けたんです。

橋本さん。伊豆学研究会では、伊豆地域の文化財の保護・利活用や自然環境の保全・利活用などを行っている。

橋本さん。伊豆学研究会では、伊豆地域の文化財や自然環境の保護・保全・利活用などを行っている。

「ありがたい相談だなと思った反面、私はこの家だけを残すというアイデアより、ここの集落全部を残す、盛り上げる方が結果的にこのお家が残ると思ったんです。それから2018年の5月から定期的にこちらを尋ねて、地元の方々に現状を聞かせてもらいました。

会議の様子。「まさかイベントになるとは・・・思っていませんでした(笑)」と橋本さん。

会議の様子。「まさかイベントになるとは・・・思っていませんでした(笑)」

「子浦の魅力の1つに、情緒ある路地の風景だと思います。その魅力を伝えるために何ができるか考えた結果、空き家や民家をお借りしてイベントスペースにすることでした」

「私は本来イベント屋ではありませんので、当日どんな風になるのかわかりません(笑)。ただ、地域の人、よその人たちが「またやろうよ」って言ってもらえたら嬉しいなと思っています。多くの参加者がここでの縁に結ばれる日になり、次のアイデアに結びつけられる日にしたいと思います」



“地元の人”の杉原さんはどんな想いだったんだろう。

「町が活気づく何かになるなら」って言って、喜んで後押ししましたよ

そう話すのは、西子浦の区長、杉原伊三郎(いさぶろう)さん。

西子浦の顔と言ってもいいかも。僕が初めて会った時、「伊豆の生まれで三男だから伊三郎って言うんだ、よろしく!」とイカした挨拶だった

西子浦の顔と言ってもいいかも。僕が初めて会った時、「伊豆の生まれで三男だから伊三郎って言うんだ、よろしく!」とイカした挨拶だった

「俺はね、この路地もいいと思うんだけど、結局は“海”だと思うんだよね」

(?どういうこと?)

「俺が学生だった頃、ここでバイトをしてた時は大勢の人が海水浴に来てくれたよ。1本1,500円のパラソルをどこに立てようか迷うくらい、人がいっぱいだった」

杉原さんによると、平成元年(1989年)に子浦を利用してくれた人は約47,000人。

今年(2018年10月末)は、約3,900人。

・・・なんてこった。

「時代の流れもあるけど、あまりにもさ。ひどすぎる。だから、この海の魅力に気づいてくれる人をもっと増やしたい。だから今回のお祭りもそういう機会になったら嬉しいね。ここの海はいつも穏やかだから、SUP、カヤックのマリンレジャーに適しているんだよ」。

「ここはもっときれいな海だったんだ」と杉原さん。・・・今も十分きれいだと思うけど。

「ここはもっときれいな海だったんだ」と杉原さん。今も十分きれいだと思うけど。

「お祭りって結局は単発だからね。海がダメなら、お祭りも続いていかないと俺は思っているよ」

おぉ。

杉原さんは、風待ち縁の日自体、賛成ではあるけど、それだけではダメだという考えを持っている。

それでも、「何もしないよりはいいはず」って思いで、今回のお祭りを後押ししたんだ。

「俺ぁすぐ生意気言うから、敵作っちゃうんだよ」と杉原さん。杉原さんは東京の大学を出て経済を学んだそう。趣味はデイトレード。インタビュー中、スマホで株価をチェックしていた。

「俺ぁすぐ生意気言うから、敵作っちゃうんだよ」と杉原さん。杉原さんは東京の大学を出て経済を学んだそう。趣味はデイトレード。インタビュー後、スマホで株価をチェック

橋本さんと杉原さん、そして会議に参加した人たち。

それぞれの思いが、結果としてお祭りを開催することになった。

初めてのことだし、うまくいかないこともあるかもしれない。

でも、これが何かに繋がればいいな。

あ、そうそう。

なんで「風待ち縁の日」になったのか。

江戸時代の船は帆船なので、風が吹かないと船は進まなかった。

今回のお祭りで「子浦」を動かす風は、そと(地域外)の人、なか(地元)の人。

「子浦に風を吹かせたい」って思いが込められているらしい。

皆さん、ぜひのぞいてみてください。

<概要>

日時:11月2日(金/祝)、3日(土)10:00~16:00

お問い合わせ:0558-76-5088

Web:https://www.facebook.com/events/546591272464522/

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