書店TORCHのブック・エッセイ #05『いいお店のつくり方』『IN/SECTS Expanded Edition「本をつくって本を売る」』 2024.10.25
本屋を開業するまで、店というものを持ったことはなかった。本屋で働いたことも、小売業での経験があるわけでもない。そもそも店をつくるとはどういうことなのか、何が必要なのか、何にどれだけ金がかかるのかもわかっていなかった。
そんなわけで、店づくりに関する本をせっせと読んだ。ありがたいことに、本屋が好きなひとには本が好きなかたも多いので、本屋についてはいくつも面白い本が出版されている。業界にコネクション的なものも経験もない自分は、こうした書籍に大変助けられた。
そんななか、とある店主に勧められ、読んだ本がある。
大阪発のローカル・カルチャーマガジン『IN/SECTS』(インセクツ)は以前から好きで読んでいたが、人気のバックナンバーは品切れで手に入らないものも多い。2016年・2017年に発行された号では、編集部が選んだ「いいお店」を取材し紹介するという特集が組まれていた。『いいお店のつくり方:保存版』は、当時のインタビューに加え、さらにその6年後、コロナ禍を経て同じお店に取材し、それぞれの現在地を伺った記事を追加して出版された書籍だ。
本書には、書店や飲食店、レコード店、銭湯など、さまざまな業態の店主の話が掲載されている。開業に至るまでの話やコンセプト、準備にかかった期間や費用、営業をしてみてわかったこと、そしてコロナ禍を経て変わった(あるいは、変わらなかった)ことなどが、かなりオープンに、それぞれの眼差しで語られる。
「こうすれば商売上手くいく!」というようなキャッチーな指南や、わかりやすい方程式などが書いてあるわけではない。ただ、ひとりひとりの人間が、お店をつくってみて、うまくいったこと、うまくいかなかったこと、これから考えていることを、等身大で話し、辿っていった記録集だ。
十人十色の物語が描かれるので、「“いい”お店」とは、結局のところ何であるかは、本書内では明言されない。そのなかで、個人的に素敵だと思ったひとことがある。大阪で古書店「LVDB BOOKS」を営む、店主・上林さんのインタビューだ。
結局は自分のためというか自分が行きたい店を作ってるんです。生きて行く術でもあるけど。
—『いいお店のつくり方:保存版』(LLCインセクツ)収録、上林翼さんインタビューより
また、本書の巻末には、井川直子さんと吉本ばななさんが「いいお店」について綴ったエッセイが寄稿されている。そのなかで、こんな一節があり、どきりとさせられる。
…今の社会には、特に東京ではもう、いい店を作る金と時間の余裕のある人なんていないのではないだろうか。
—『いいお店のつくり方:保存版』(LLCインセクツ)収録、吉本ばなな「地上の天国」より
この問いかけに対しての答えは自分はわからない。けれど、東京に生まれ育った吉本さんが綴る「いいお店」の思い出はあたたかく柔らかく、そういった店があり続けることが、いまいかに難しいことなのか、という目線が、この一節に感じられる。
今月発売された『IN/SECTS』最新号の「本をつくって本を売る」特集では、大変ありがたいことに当店も取材いただき、掲載された。北海道から沖縄まで、さまざまなエリアで活動されているローカル出版社や印刷所、ZINEやブックフェア、書店の情報が、これでもかと詰め込まれた一冊だ。
「編集部が注目するBOOK SHOP」のコーナーに掲載された当店の欄に、あたりまえではあるが「静岡・南伊豆」と印字されているのを見て、なんだか少しだけ、勝手に、いい気持ちになった。東京でも、東京じゃなくてもいい。どこでも、どんな店でも、やりたい店をやれればいい。願わくば、この店が少し長く続けられて、いずれ「いいお店」になれば、とてもいいなと思う。
書店TORCH
所在地:静岡県賀茂郡南伊豆町下賀茂839-4
Instagram:@torch.minamiizu