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「さぁ食べてください。これはみんなのものだから」。お店の歴史を聞いたつもりが、商いとはなんたるかまで聞いてしまった。干物屋『旭洋丸水産』

伊豆急下田駅から「石廊崎」を目指して車で30分。

窓辺から海を眺めていると干物屋「旭洋丸水産(きょくようまるすいさん)」が見えてくる。

味わいのある木造建屋がいい感じ。

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「今日は天気がいいですねぇ。でも風が強いね。さぁ入って入って」と声をかけてくれたのは菊池幸江さん。

旭洋丸水産の名物女将だ

旭洋丸水産の名物女将だ

「さぁ食べてください。どうぞー」

発布スチールから、干物を取り出す。

発布スチロールから、干物を取り出す。

(んんん、どういうこと?)

黙々と焼いていく幸江さん。

「遠慮なく食べていってください」

ゆっくりとした口調でやさしく干物をすすめる

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旭洋丸水産は、試食のクオリティが半端じゃない!

どんどん干物が網の上に置かれていく。

初めてここに来た時、それが衝撃的だった。

練炭火鉢で幸江さんがじっくり焼いてくれる。開店当初からこのスタイルだそう

火鉢で幸江さんがじっくり炭火で焼いてくれる。開店当初からこのスタイルだそう ※この日は取材日ということもあって幸江さん、気合い入れてます

僕は、知り合いが来ればここに立ち寄り、幸江さんとお話をする。

南伊豆新聞の鉄板コースだ。

来た人にはお茶が差し出される。(夏は冷たい麦茶。冬は暖かい麦茶)

来た人にはお茶が差し出される。(夏は冷たい麦茶。冬は暖かい麦茶)

個人的にオススメは、えびみりん。

個人的にオススメは、えびみりん。

いつものように、じっくり干物を焼いてくれる幸江さんの隣でお話を聞いた。

 

心が通じ合うようにすれば、自然と長い間人様とお付き合いできると思うんですよ

旭洋丸水産は1975年に創業した。

旭洋丸水産は、幸江さんが33歳、旦那さんの仁(ひとし)さんが36歳の時に始めた

旭洋丸水産は、幸江さんが33歳、旦那さんの仁(ひとし)さんが36歳の時に始めた

「私はもともと三島出身なんです。高校卒業して沼津で薬の問屋に就職しました。その職場でウチの旦那と出会って21歳の時に結婚しました」

仁さんは南伊豆町大瀬出身。仁さんは当時出稼ぎで沼津に来ていた。工場でいつも魚を開いている。2019年に80歳。

幸江さんの旦那の仁さん。南伊豆町大瀬出身。仁さんは当時出稼ぎで沼津に来ていた。工場でいつも魚を開いている。2019年に80歳。

二人は結婚と同時に仁さんの実家だった南伊豆に移り住む。

仁さんは24歳でタクシードライバーに転職した。

「若くてもちゃんとお金になるようなことをしようって。当時の南伊豆は観光業がバブルだったからタクシードライバーもボーナスがもらえる時代だったんですよ。24歳だろうが50歳だろうが関係なくお給料をもらえた。よかった時代があったんです」

「若くてもちゃんとお金になるようなことをしようって。当時の南伊豆は観光業がバブルだったからタクシードライバーもボーナスがもらえる時代だったんですよ。24歳だろうが50歳だろうが関係なくお給料をもらえた。よかった時代があったんです」

まさかのタクシードライバー!

干物と全然関係なさそうだけど・・・

「そこでウチの旦那は新婚ツアーの企画を組んだりして、観光の勉強をしたの。そしたら37歳の時に急に干物屋をやるって言い始めて」

「そこでウチの旦那は新婚ツアーの企画を組んだりして、観光の勉強をしたの。そしたら37歳の時に急に干物屋をやるって言い始めて」

仁さんは観光業に関わるうちに、干物をやってみたいと思うように。

僕は、てっきりここは代々干物屋だと思っていたけど、薬の問屋→タクシードライバー→干物屋という歴史があった。

「思いきったもんですよね。若いからなんでもできると思っていました」

「二人とも希望に燃えていたけど、まぁ若気の至りです」と笑う幸江さん。

「二人とも希望に燃えていたけど、まぁ若気の至りです」と笑う幸江さん。

「初めてやるわけだからね。もう全然うまくいかないわけ(笑)。しょっぱいの甘いの言われながら今の味に至るんです」

一年目は南伊豆では全く売れず、仁さんは神奈川まで売りに行っていたそう。

「そこから徐々に時代の波に乗って、なんとか皆さんが買いに来てくれるような会社になったんですよ。今は観光客が減ったから、人は少なくなったけど、今でもリピーターはたくさん来てくれます。もちろん、苦労話も山ほどありますよ」

「そこから徐々に時代の波に乗って、なんとか皆さんが買いに来てくれる会社になったんですよ。今は観光客が減ったから、人は少なくなったけど、今でもリピーターはたくさん来てくれます。もちろん、そこに至るまでの苦労話は山ほどあります」

苦労話の中で、一番のピンチはなんだったか尋ねると・・・。

「火事で工場が全焼したことですかねぇ」

火事があった場所まで案内してもらった。2011年の夏。お盆だった

火事があった場所まで案内してもらった。2011年の夏。お盆だった

「冷凍庫、干物、全て丸焼け。電話が鳴って、工場に駆けつけた時はもうダメでした」

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幸い、ケガ人は出なかったが、工場はなくなった。幸江さんたちは穴子、エビ、サバなど、できるものから順に売り始めた。なんと、3ヶ月でお店の工場を作り、干物の注文を受け付けた。

新しくなった工場。〇〇さんと叔母の〇〇さんの2人で働いている

新しくなった工場では、仁さんと叔母の真理子さんが働いている

「お世話になっていたところに一軒ずつ謝りに行きました。いつも干物を仕入れていた民宿は大変だったはずです。でも、『また干物を送ってください』って皆さん言うの。今だに感謝ですよ。なんでできたかって、このお店が愛されていたからだと思うの」。

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「自分たちが儲けることばっかり考えていないで、地域の人、お客さんとお話をしてきたから。お商売って、ただ『いらっしゃいませ』『ありがとうございました』じゃないからね。心が通じ合うようにすれば自然と長い間、人様とお付き合いできると思うんですよ」

「はい焼けましたよ」

「はい焼けましたよ」

(何度も食べてるけど)ウメェェ。鯖のみりん干し。1日かけてつけられた鯖のみりん干しはしっかり中まで味が通っている

(何度も食べてるけど)ウメェェ。サバのみりん干し。1日かけてつけられたサバのみりん干しはしっかり中まで味が通っている

僕は、ホクホクのサバみりんを食べながら、シンプルに思ったことを聞いた。

・・・なんでこんなに試食できるんですか?

「家族経営で作る干物だから振る舞えています。あとは安定的に採れる魚を収穫して、原価を抑えています。オランダ産、ノルウェー産、九州産、ひもの種類によって産地を変えています。しっかり自分たちで食べて、ちゃんと美味しいと思ったものを選んでいます」

お客さんの中には「『美味しい』と言ってくれたけれど、産地を聞いたら買わないという方もいます。ただ、味付けはここだけのものですし、工場でお魚を開く作業は一枚ずつ手作業でやっています。自分で食べて、納得した人が買ってくれたらいいなって」と幸江さんの娘の委代子さん

お客さんの中には「『美味しい』と言ってくれたけれど、産地を聞いたら買わないという方もいます。ただ、味付けはここだけのものですし、工場でお魚を開く作業は一枚ずつ手作業でやっています。自分で食べて、納得した人が買ってくれたらいいなって」と幸江さんの娘の委代子さん

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たしかに、その日の天候や収穫量に左右されやすい地魚だったら、この試食スタイルは難しいかもしれない。

自分で食べて、納得した人が買う

全くその通りだと思った。

「私たちはお客さんに『買ってください』ってのは、一言も言ったことがないですよ。それがうちの趣旨。買う気になるのはお客さん。私たちはそういう売り方をしています。」

「私たちはお客さんに『買ってください』ってのは、一言も言ったことはありません。それがうちの趣旨。買う気になるのはお客さん。私たちはそういう売り方をしています」

「お客さんが美味しいと言って、今度は知り合いを連れて来てくれるのが嬉しいですね。ここを囲んでワイワイ騒いでね。ここに並ぶ干物はみんなのものですから」

・・・みんなのものってどういうことだろう?

「なんて言えばいいですかねぇ。ここでみんなでワイワイしながら食べると、お客さん同士が焼き方を教えてたりして、和ができる。「あそこでも会いましたね」なんて言ってね。そういう、ひっかりっていうのは、作り物じゃないから、本物の心同士のものになるから」。

「なんて言えばいいですかねぇ。ここでみんなでワイワイしながら食べると、お客さん同士が焼き方を教えたりして、和ができる。「あそこでも会いましたね」なんて言ってね。そういう、ひっかかりっていうのは作り物じゃないから、本物の心同士のものになるから」。

・・・本物の心同士?。

「人間は、食べるものを食べて、美味しく感じた時は、人間を受け入れる心が緩むのね。お話ししながら、心の鎖が取れるの。それがインチキじゃダメね。心がないと。だから、その火鉢の時間が一番大事なの」。

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「一昨日のことなんだけど、20年ぶりに来てくれたお客さんが来たんです。久しぶりに覗いたら、私が干物を焼いているのを見て「あぁよかった、生きてた!」って思ったそうなんです(笑)。」

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「私はすかさず、『お互いちゃんと公平に年をとってますね』って笑うんだけどさ。そういう間柄になっているから。奥様はもう84歳になってましたが、『動けるうちにここへ来たかった』って。旦那さんはもう亡くなってしまったけれど、写真を持って来てくれてね。二人で泣きましたよ。あとは家族で来てくれた時の子どもさんが大きくなって、彼女を連れて来てくれたりね」。

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「うまく言えないけど、そういうことなんです」と幸江さん。

僕は、隣で話を聞きながら、勝手にこう解釈した。

ここで食べる干物は、お客さん一人ひとりにとって思い出になっている。

知らないお客さん同士と会話したこと。

幸江さんたちと話す時間。

いつ、誰といたか。

それぞれが、旭洋丸水産のことを特別な思い出にしているのかも。

旭洋丸水産は、そういう商いをしている。

ただ、買ってくれればいい、

売り上げが先月より上がったらいい。

そういうことだけじゃないよなって、干物を食べながら思った。

旭洋丸水産は、だから愛されるのか。

皆さんは、これを読んでどう思っただろう。

もちろん、僕は南伊豆の地魚はこれからも応援する。

だけど、ここの火鉢を囲んで、幸江さんたちが作る干物も食べて欲しいと思った。

そう。まずは食べに来てください。

そこで納得したら、ぜひ手にとってください。

【旭洋丸水産】
場所: 〒415-0155 静岡県賀茂郡南伊豆町大瀬59
電話:0558-65-0081
営業時間:9:00~17:00
定休日:なし
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