「さぁ食べてください。これはみんなのものだから」。お店の歴史を聞いたつもりが、商いとはなんたるかまで聞いてしまった。干物屋『旭洋丸水産』 2018.11.28
伊豆急下田駅から「石廊崎」を目指して車で30分。
窓辺から海を眺めていると干物屋「旭洋丸水産(きょくようまるすいさん)」が見えてくる。
「今日は天気がいいですねぇ。でも風が強いね。さぁ入って入って」と声をかけてくれたのは菊池幸江さん。
「さぁ食べてください。どうぞー」
(んんん、どういうこと?)
「遠慮なく食べていってください」
ゆっくりとした口調でやさしく干物をすすめる
旭洋丸水産は、試食のクオリティが半端じゃない!
どんどん干物が網の上に置かれていく。
初めてここに来た時、それが衝撃的だった。
僕は、知り合いが来ればここに立ち寄り、幸江さんとお話をする。
南伊豆新聞の鉄板コースだ。
いつものように、じっくり干物を焼いてくれる幸江さんの隣でお話を聞いた。
心が通じ合うようにすれば、自然と長い間人様とお付き合いできると思うんですよ
旭洋丸水産は1975年に創業した。
「私はもともと三島出身なんです。高校卒業して沼津で薬の問屋に就職しました。その職場でウチの旦那と出会って21歳の時に結婚しました」
二人は結婚と同時に仁さんの実家だった南伊豆に移り住む。
仁さんは24歳でタクシードライバーに転職した。
まさかのタクシードライバー!
干物と全然関係なさそうだけど・・・
仁さんは観光業に関わるうちに、干物をやってみたいと思うように。
僕は、てっきりここは代々干物屋だと思っていたけど、薬の問屋→タクシードライバー→干物屋という歴史があった。
「思いきったもんですよね。若いからなんでもできると思っていました」
「初めてやるわけだからね。もう全然うまくいかないわけ(笑)。しょっぱいの甘いの言われながら今の味に至るんです」
一年目は南伊豆では全く売れず、仁さんは神奈川まで売りに行っていたそう。
苦労話の中で、一番のピンチはなんだったか尋ねると・・・。
「火事で工場が全焼したことですかねぇ」
「冷凍庫、干物、全て丸焼け。電話が鳴って、工場に駆けつけた時はもうダメでした」
幸い、ケガ人は出なかったが、工場はなくなった。幸江さんたちは穴子、エビ、サバなど、できるものから順に売り始めた。なんと、3ヶ月でお店の工場を作り、干物の注文を受け付けた。
「お世話になっていたところに一軒ずつ謝りに行きました。いつも干物を仕入れていた民宿は大変だったはずです。でも、『また干物を送ってください』って皆さん言うの。今だに感謝ですよ。なんでできたかって、このお店が愛されていたからだと思うの」。
「自分たちが儲けることばっかり考えていないで、地域の人、お客さんとお話をしてきたから。お商売って、ただ『いらっしゃいませ』『ありがとうございました』じゃないからね。心が通じ合うようにすれば自然と長い間、人様とお付き合いできると思うんですよ」
僕は、ホクホクのサバみりんを食べながら、シンプルに思ったことを聞いた。
・・・なんでこんなに試食できるんですか?
「家族経営で作る干物だから振る舞えています。あとは安定的に採れる魚を収穫して、原価を抑えています。オランダ産、ノルウェー産、九州産、ひもの種類によって産地を変えています。しっかり自分たちで食べて、ちゃんと美味しいと思ったものを選んでいます」
たしかに、その日の天候や収穫量に左右されやすい地魚だったら、この試食スタイルは難しいかもしれない。
自分で食べて、納得した人が買う。
全くその通りだと思った。
「お客さんが美味しいと言って、今度は知り合いを連れて来てくれるのが嬉しいですね。ここを囲んでワイワイ騒いでね。ここに並ぶ干物はみんなのものですから」
・・・みんなのものってどういうことだろう?
・・・本物の心同士?。
「人間は、食べるものを食べて、美味しく感じた時は、人間を受け入れる心が緩むのね。お話ししながら、心の鎖が取れるの。それがインチキじゃダメね。心がないと。だから、その火鉢の時間が一番大事なの」。
「一昨日のことなんだけど、20年ぶりに来てくれたお客さんが来たんです。久しぶりに覗いたら、私が干物を焼いているのを見て「あぁよかった、生きてた!」って思ったそうなんです(笑)。」
「私はすかさず、『お互いちゃんと公平に年をとってますね』って笑うんだけどさ。そういう間柄になっているから。奥様はもう84歳になってましたが、『動けるうちにここへ来たかった』って。旦那さんはもう亡くなってしまったけれど、写真を持って来てくれてね。二人で泣きましたよ。あとは家族で来てくれた時の子どもさんが大きくなって、彼女を連れて来てくれたりね」。
「うまく言えないけど、そういうことなんです」と幸江さん。
僕は、隣で話を聞きながら、勝手にこう解釈した。
ここで食べる干物は、お客さん一人ひとりにとって思い出になっている。
知らないお客さん同士と会話したこと。
幸江さんたちと話す時間。
いつ、誰といたか。
それぞれが、旭洋丸水産のことを特別な思い出にしているのかも。
旭洋丸水産は、そういう商いをしている。
ただ、買ってくれればいい、
売り上げが先月より上がったらいい。
そういうことだけじゃないよなって、干物を食べながら思った。
旭洋丸水産は、だから愛されるのか。
皆さんは、これを読んでどう思っただろう。
もちろん、僕は南伊豆の地魚はこれからも応援する。
だけど、ここの火鉢を囲んで、幸江さんたちが作る干物も食べて欲しいと思った。
そう。まずは食べに来てください。
そこで納得したら、ぜひ手にとってください。
【旭洋丸水産】
場所: 〒415-0155 静岡県賀茂郡南伊豆町大瀬59
電話:0558-65-0081
営業時間:9:00~17:00
定休日:なし
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