「最初はただの山でした」。地元の人同士、観光客の繋ぎ役になりたい。小さな宿&レストラン「しいの木やま」 2019.9.21
南伊豆の西側、伊浜地区に「しいの木やま」はある。
伊豆の食材を中心とした、洋食料理と宿を営むお店だ。
料理はもちろんおいしいのですが、ここから見える景色も最高。
今年で20年目を迎える。
お店を営むのは、鈴木功(いさお)さん、道子さん。
料理を作るのは主に功さん。
道子さんも揃ってお酒好きということもあって、お店には山梨の勝沼のワインや岩手のクラフトビールを取り揃えている。
丘の上にひっそりと佇むこの場所は、
地元の人でもなかなか足を運ぶ機会がないそうだ。
ぜひお二人の人となりや、このお店が生まれた物語を知ってほしい。
■料理は休みの日にカレーを作るくらいだった
南伊豆新聞:「功さんは南伊豆のご出身なんですか?」
功さん:「いえ、私は東京都東村山市の生まれです。小中高大と東京で、都内の食品メーカーに2年いました」
南伊豆新聞:「食品関連に興味があったんですか?」
功さん:「いや、何か明確にやりたいことがあったわけではなくて。
南伊豆新聞:(笑)
功さん:「食べることは好きだったので、その程度だよね。だから食べ物屋とかコーヒーメーカーとか、そんなところばかり受けていました」
南伊豆新聞:「飲食店のアルバイトとかやっていたんですか?」
功さん:「いやいや。大学時代は引っ越しのバイトをやっていました。料理は休みの日にカレーを作るくらい」
・・・意外だった。
今はこんなに美味しい料理を作っているから。
将来は考古学者になりたかった功さん。
学生時代は遺跡の発掘をしていたらしい。
功さん:「大学では『史学地理学科』という歴史と地理を専攻していました」
南伊豆新聞:「宿もレストランも、なんでやろうと思ったんですか?」
功さん:「友人の影響で大学生の頃から一人旅が好きで。夜行列車とか鈍行電車を乗り継いで旅行していたね」
功さん:「そんなことをしているうちに、自然の豊かなところで生活したいなと思って。じゃあ何をしたらいいかなと思った時に、宿の経営とかいいじゃんって(笑)」
功さん:「でもいきなり宿なんてできないし、食っていけない。親からもフラフラしないで就職しろって言われていたので、とりあえず2年間働いてみたけど···なんか違うなと」
功さん:まだ景気も良かったし、どこかいい転職先はないかなと思って大学の就職相談室に行ったら、*国民休暇村協会の募集があったんです。すぐに応募しました。
*国民休暇村(一般社団法人休暇村協会)は全国の国立公園、国定公園の中にある宿泊施設
功さん:「自然の中で生活できるし、宿の勉強もできる。これはいいかなと思って面接を受けました。25歳だったかな。それで採用してもらったけど、配属されたのが東京の営業所」
南伊豆新聞:「東京ですか!(笑)」
功さん:「東京を出たい、宿の現場を勉強したいと思っていたのに、東京の予約センターに配属されました(笑)。でもその時にいたのがこちらのお姉さまで」
南伊豆新聞:「そこでお二人は出会うんですね」
功さんが東京で働き始めて2年後、南伊豆への転勤が決まった。
でも、最初はそんなに乗り気じゃなかったそうだ。
功さん:「私が移住した頃の南伊豆って、観光客がたくさん来ていたし、忙しい印象でした。田舎でのんびり過ごしたいと思っていたので、もっと奥地の山奥がいいなって(笑)」
道子さん:「結構残念な転勤なはずだったんだよね」
南伊豆に移住した功さんは、フロントのお仕事だけではく、地元の人たちとツアー企画を作るようになる。その時に地元の芸術家やマリンスポーツをしている人など、いろんな人と交流があったそうだ。
功さん:「嫌々転勤した南伊豆だったけど、居心地が良くなってきて。海も綺麗だし、ダイビングのライセンスも取ったりして(笑)。『南伊豆、面白いな』って」
南伊豆に来て3年が経った頃、功さんは長野県乗鞍に転勤が決まる。
最初に功さんが希望していた山深い場所だった。
功さん:「嬉しい気持ちがあったんだけど、そこでは1年しか働かなかったんだよね。管理職が私に合わなくて」
南伊豆新聞:「そうだったんですね」
功さん:「その時に『そうだ!俺は宿をやろうと思って休暇村に入ったんだ』って思い出して。よし、自分で宿をやるんだったら料理の勉強をしようと。でも、この人(道子さん)も料理とかなんでもできたし、基礎くらい知っておこうくらいの気持ちだったんだけどね(笑)」
功さんは仕事を辞めて、松本にある調理師学校に1年通う。平日の昼は学校、夜はレストランと旅館のアルバイト、週末はペンションのアルバイトを掛け持ちしていた。32歳になる年だった。
南伊豆新聞:「全部リセットして学校に通うって、すごいです・・・」
功さん:私らには子どもがいなかったしね。若かったし、数年はバイトしながら食っていけるだろうという感覚もあったから」
道子さん:「バブルが弾けて一流証券会社が破綻した時期でした。大きい会社に居ても保証されない時代に入った頃だったし、反対はなかったかな。私もペンションや民宿とか掛け持ちしながらバイトをしていました」
南伊豆新聞:「それから、どうなったんですか?」
功さん:「僕が学校に通っている間に土地を探そうと決めました。2人でゲストハウスみたいな所を泊まり歩いていましたね」
道子さん:「宿の人に『開業する時、どんな準備をしましたか?』とか、散々聞きました。この場所でやるならどうなるかって、メリット・デメリットを話したり。それで『南伊豆は良かったよね!』って」。
それから2人は月に1回、長野から片道6時間かけて南伊豆へ土地を探しに通うように。
片道・・・6時間!
■伊豆へ戻ろう!
功さん:「結局、土地は決まらなくて。調理師学校の1年も終わってしまいました」
南伊豆新聞:「え! どうしたんですか?」
功さん:「とりあえず伊豆に一回帰ろうと。近くに住んで、仕事を探して土地を探そうと。でもハローワークに行ったけど仕事が見つからなかったね」
道子:「この人(功さん)は料理が続けられるところに面接に行ったんだけど、30歳を過ぎていたし、受からなくて」
南伊豆新聞:「でも功さん、料理は基礎だけ学べばいいって動機でしたよね?」
功さん:「いや、それが学校に行っている間に料理が楽しくなっちゃって」
功さんの仕事が決まらず、いよいよどうするとなった二人。
そんな時、伊東にあるハローワークでペンションの調理人の求人を見つける。功さんは33歳になる年に初めて調理人として働き始めた。道子さんは近くのダイビングショップでアルバイトをしていたそう。
二人とも笑いながら当時のことを語ってくれたけれど・・・。
僕は「次はどうなる、どうなるの?!」とヒヤヒヤしながら聞いていた。
人生なんとか繋がるもんなんだなぁ。
■料理をやりたくてやりたくてしょうがなかった
功さん:「そこでは2年働きました。そのペンションは満室になると30人前後が入るんだけど、30人分の料理を作るって、結構大変だったね」
南伊豆新聞:「素人の僕でも大変だとイメージできます(笑)」
功さん:「でも、料理をやりたくてやりたくてしょうがなかったから、その時は」
南伊豆新聞:「・・・そうかぁ。全ては、自分たちの宿を作るためってことですよね」
功さん:「それは当然」
道子さん:「その間も当然ずっと土地探し」
そして、ついに2人は今の土地(しいの木やま)にたどり着く。
でも、最初は何もない山だった。
■木を切れば海が見えるからって言われた
功さん:「最初は獣道をよじ登って。この辺かなみたいな」
功さん・道子さん:「本当に海が見えるのかなって(笑)」
道子さん:「木を切って本当に海が見えるまでは、お金は入れない!って言いました(笑)」
功さん:「それでやっと、オープンにこぎつけたわけです」
南伊豆新聞:「実際にオープンしてみてどうだったんですか?」
功さん:「伊豆らしいものを出そうって決めてました。私らはずっと観光の仕事をしていたから、観光で来た人がどういうものを食べたいかなぁって。伊勢海老パスタもそういう流れから生まれたんです」
南伊豆新聞:「あぁ、なるほど。お二人は観光業で働いていた視点があるのかぁ。逆に、お店をやってみて『もうダメだ!』って時期はなかったんですか?」
功さん:「最初の5年は・・・何回かあったよね」
道子さん:「そうだっけ?(笑)。始める前から周りからは大変だぞって言われていたし。私はお店がダメになってもサラリーマンに戻ったら返せる借金しかしていないから大丈夫だろうって」
南伊豆新聞:「道子さん強いなぁ」
功さん:「方向性が違ってもめたこともありました。私が2号店みたいな支店を出したいって言ってさ」
道子さん:「そうそう。しいの木やまがいっとき続けてテレビに出てお客様もいっぱい来たりして、この人がちょっといい気になったことがあったんだよね」
功さん:「かなりいい気になってた時期があるね」
南伊豆新聞:す、すごい問いを投げかけたんですね。
道子さん:「それからはお互い方向性を模索しながら徐々に今のかたちになりました。お客様の顔を見て、〇〇様というのがすぐにわかる。部屋番号で呼ぶのではなくて、名前が呼べる範囲でやろうと」
···すごい話を聞かせてもらっているなぁ。
■新しい喜びを感じ始めてきました
では最後に、お店をやっていく上でどんなことを大切にしていきたいですか?
功さん:「私はこの地域の人たちが、皆が来てくれるようなお店をやっていきたい。今までは観光のお客様をターゲットにしていたけど、観光の人も地元の人も来れるようなお店。そういう人たちの中でまた交流ができるといいなと思っています」
道子さん:この前『お試し店舗』をやったでしょ?あの経験が本当に良かったの。
功さん:「それまで私たちはいわゆる観光のお客様がほとんどだったから、地域の人と交流する機会ってなかったの。だけどお試し店舗に出店したり、ここ何年か移住者交流会の食事もやらせてもらうようになったり。何か繋ぎ役としてお手伝いができるような、新しい喜びをちょっと感じ始めて」
南伊豆新聞:「繋ぎ役かぁ」
道子さん:「そうそう、私たちのホームページのアドレスに目次(mokuji)って入っているんです。なんでかっていうと、本って必ず目次ってあるじゃない?「しいの木やま(目次)」に行けば「こんな場所に行きたい」となった時に人と人を繋げる役割になれたらって思いがあるんです」
道子さん:「あとは人生限られているし、しいの木やまのママさんって楽しそうだよねと、思われたいなと(笑)」
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小さな宿&レストラン「しいの木やま」を営む鈴木さん夫婦。
20年やってきた中で生まれる葛藤や新しい発見を楽しんでいるように話してくれました。
2人が持っているやわらかい、けどドシッと肝が座っている空気感にもふれて欲しい。
もちろん、料理と景色も味わってみて欲しい。
時間、忘れます。
【小さな宿&レストラン「しいの木やま」】
場所:〒415-0531 静岡県賀茂郡南伊豆町伊浜2222-2
電話:0558-67-2111
営業時間:12:00~15:00 18:00~21:00(夜は要予約)
定休日:ランチは火曜・水曜・木曜(ディナーは不定休)。
営業時間・定休日は変更となる場合がございますので、ご来店前に店舗にご確認ください
Web:http://www4.i-younet.ne.jp/~mokuji/
駐車場:あり
※南伊豆新聞を見たと伝えてくれると嬉しいです!