南伊豆新聞は南伊豆の粋な情報を発信するWEBマガジンです。

書店TORCHのブック・エッセイ #03『日本のまちで屋台が踊る』

 先日、静岡県三島市で開催されたブックマーケット「本と水辺」に出店してきた。主催である三島市の書店「ヨット」さんのお声がけで、静岡県東部および伊豆半島から10店舗ほどの独立系書店や出版社が集まっていた。このエリアだけでもこんなに面白いお店や事業があるのか、と衝撃も受けたし、美味しいドリンクや落語や詩の朗読、音楽のライブなどもあって、とても心地のよい空間だった。

 本屋としてこういったイベントに出店するのは初めてだったので緊張していたのだけれど、実はひとつ心強い仕掛けがあった。本の著者さんと一緒に作った、持ち運びのできる「屋台」があるのだ。

『日本のまちで屋台が踊る』編:又吉重太、今村謙人、中村睦美(屋台本出版)

 日本でさまざまな屋台を実践しているかた5名へのインタビューと、屋台というものを文化人類学や哲学、政治学など多様な視点から考察した専門家へのインタビューで構成された本だ。屋台の実践者でもあり、編者のお一人である今村謙人さんに、今年6月に南伊豆へお越しいただき、トークイベントと屋台づくりのワークショップを行った。その時に作った屋台だ。

「本と水辺」出店時の写真。折りたためるので、軽自動車に積んで三島に向かった

「屋台は失敗していい」と、本書内で今村さんはおっしゃっている。たしかに、固定されず、場所も時間もその時々に応じて変化していくことが前提の屋台は、トライ&エラー&再トライの連続のようなものなのかもしれない。

 今村さんは世界一周の旅の途中、メキシコで焼き鳥の屋台を出したことで、雇用ではない形で自分で稼ぎをつくることを経験し、「どこでも生きていけそうだな」と感じたと言う。それは新しい「選択肢」だと思ったと話している。

 こっちがダメになってもほかがあると思える「選択肢」があると気持ちに余裕ができる。

 屋台もそういうことなんじゃないかな。ひとつの社会とか場所に寄りかかるんじゃなくて、ちっちゃくてもいいから自分のことを始めると新しい選択肢が生まれてくる。

  ー『日本のまちで屋台が踊る』今村謙人さんインタビューより(屋台本出版、2023年)

 なにかを始めたい想いがあって、でも始めるには場所や大きな資金、長期の計画なんかが必要なんじゃないかと考えていると、なんだか途方もなく思えたり、足がすくんでしまうかもしれない。そんなハードルを、屋台はひょいと越えるためのステップになりうる。

 実際に屋台を立て、その枠越しに、訪れたかたがたとお話していると、なんだか窓みたいだなと思う。街ゆく知らない者同士の間に、見えない壁があるとしたら、屋台があることで、「ここで何かをやっています」「ここから覗いてもいいんです」と伝える、ポータルとしてのひらかれた窓。

『日本のまちで屋台が踊る』で紹介される屋台は実にバリエーションに富んでいて、たとえば焼きそばとかたこ焼きを売る以外にも、屋台というツールにこんな使いかたがあるのかと驚かされる。自分の中に、まだもやもやとして、形はないけれど、どうにか発露の方法を求めている想いがあるとするなら、屋台という形でアウトプットすることで、新しい選択肢を手に入れることができるのかもしれない。

 そんな風に、いろんな人の試したい想いがたくさんの屋台になって、まちのあちらこちらで踊り出すようになったら、なんて愉快な景色だろうと思う。

書店TORCH
所在地:静岡県賀茂郡南伊豆町下賀茂839-4
Instagram:https://www.instagram.com/torch.minamiizu/

Share (facebook)